【連載】素材を知る旅〜真のラグジュアリーを求めて【全10回】

「皮」から「革」へーー皮鞣しの様子を見てきました

A Picture of $name 寺本恭子 2014. 10. 6

「皮」と「革」。両方「かわ」と読みますが、どのように違うかご存知ですか? 動物から剥がされた「皮」は、そのままにしておくと腐ってしまうか、干からびて硬くなってしまいます。それに対して「革」は、皮を柔らかく腐らないように加工した状態のもので、靴やバックなどを作る材料になります。

その「皮」を「革」にする工程を「鞣す(なめす)」といいます。その鞣しの工程の中で、「皮」のタンパク質(主にコラーゲン繊維)を変成させる加工を施すことにより、腐らない「革」が生まるのです。その変成を起こさせるには、別の物質が必要です。その物質に植物のタンニンを使用していると「植物タンニン鞣し」とか「ベジタブルタンニン鞣し」といわれ、化学薬品の塩基性硫酸クロムが使われていると、「クロム鞣し」と一般的にいわれています。

比較的安価なクロム鞣しは、高度経済成長とともに主流となり、現在では植物タンニン鞣しができる工場は少なくなっています。最近では、クロム鞣しが環境に与える負荷や発癌性が指摘され、植物タンニン鞣しが見直されてきているものの、一度変えてしまった大掛かりな工場設備を元に戻すのは、簡単なことではないようです。

栃木レザーに行ってきました

そんな中、栃木県に環境にも配慮しながら、昔ながらの伝統的な植物タンニン鞣しの技術を守り、高品質な革を生み出している革鞣し工場があります。栃木レザーという会社です。昨年12月、見学ツアーがあると知り、私も参加させて頂きました。

栃木駅から徒歩圏内に、栃木レザーの広い工場はあります。この日は、順を追って「皮」から「革」になる工程を見学しました。

まずは、「原皮」と呼ばれる塩漬けされた皮が積まれている倉庫へ。原皮には、まだ毛や肉片も付いています。立ち込める動物臭。もしも夏だったら、もっと激しく臭うことでしょう。あらためて、革は動物の死骸から採れるものなのだと実感させられます。

最初に、原皮を水洗いします。塩漬けに使われていた塩分や汚れを専用ドラムでしっかり洗います。牛の皮は、その後の作業をするのにあまりにも大きく重たいので、水洗い後に縦半分にカットされます。

次に、石灰漬けによる脱毛作業に入ります。濃度が5段階にも分けられた石灰乳の槽に、順番に漬け込まれます。石灰で皮をアルカリ性にすると皮がほぐれ、自然に毛が抜けるのだそうです。現場の床にも、抜け落ちて濡れた白い毛がたくさん落ちていました。

その後「フレッシング(裏打ち)」といって、皮の裏面についた余分な脂肪や汚れをしっかり取り除き、次いで「脱灰」と「酵解」をします。石灰を取り除き、酵素でタンパク質を分解し、石灰漬けの段階で強いアルカリ性になった皮を中性に戻すのです。同時に、皮の表面を滑らかにする効果もあるそうです。ここまでが、鞣しの下準備です。

革へ生まれ変わる様子

そしてここからいよいよ、ベジタブルタンニン鞣しの工程に入ります。建物に入ると、部屋中にたくさんのピット槽が敷き詰められていました。それぞれ濃度の違う赤褐色のお湯が入っています。この赤褐色の液体がタンニン樹液。栃木レザーでは、ブラジル産のミモザを使用してタンニン樹液を作っています。

約20日間かけ、下準備を終えた「皮」を、薄い樹液槽から濃い樹液槽まで順番に浸していきます。この間に、皮のタンパク質に化学変化が起き、「革」に生まれ変わるのです。

鞣し工程の様子。ベジタブルタンニン樹液の槽が並ぶ。(IMAGE: ami-tsumuli)

鞣し工程の様子。ベジタブルタンニン樹液の槽が並ぶ。(IMAGE: ami-tsumuli)

長時間タンニン樹液に漬け込まれていた革は、もう一度洗浄され、サミングマシンという専用機械でしっかりと水分を取り除きます。

その後は、脂を加えて風合いを整えたり、厚みを均一にしたり、染色したりしながら、素材としての革に仕上げられていきます。ここまで来ると、近い将来、美しいバックや靴になるのが、たやすく想像できます。もう、動物の生々しさはありません。

「結果」だけでなく、「工程」にも気を配ろう

見学を終えて、気づいたのは、革鞣しには大量の水を使用するということ。栃木レザーは独自の排水処理施設を持っていて、排水処理には一切化学薬品を使用せず、全工程から出る汚水を微生物と酵素だけで、排水基準を満たすきれいな水にしているそうです。さらに汚泥は、有機肥料として農家等に提供しているとのことでした。

このような排水処理がなぜ可能なのかについては、偶然も重なっているため、いまだ解明されていない点もあるそうですが、一つには鞣し全工程の中で金属製物質を一切使用していないことが挙げられます。もし、ミモザの代わりに塩基性硫酸クロムを使用していたら、このような排水処理は絶対に無理だったと栃木レザーの社長さんは話していました。

仕上がったヌメ革。(IMAGE: ami-tsumuli)

仕上がったヌメ革。(IMAGE: ami-tsumuli)

靴、バック、お財布、ソファー、ジャケット……私たちのまわりに溢れている革製品たち。どれも、動物の皮から作られていることは確かですが、その「皮」から「革」になった工程は、全て同じではありません。多くの水とともに多くの環境負荷のある化学薬品が使用されている可能性もあるのです。もちろん、それぞれの国の基準に沿った廃水処理がなされているとは思いますが、その実態は私には分かりません。

食肉の副産物として得た「皮」を 人間が「革」にして生活に利用すること自体は、理にかなったことかもしれません。ただ、「皮」を「革」にするために環境に負荷が掛かっているという現状、また負荷を最小限にする選択肢もあるのだということを、消費者である私たちは知るべきだと思います。

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