【連載】古都フエで生まれるPhuhiepのものづくり ~女性アーティザンたちのサイドストーリー~【全8回】

「私、シングルマザーになります」

A Picture of $name Phuhiep 2014. 9. 12

「Phuhiep(フーヒップ)」のアトリエがあるベトナムの古都フエ。そこには、元・船上生活者の家庭が少なからずあります。「Phuhiep」の女性アーティザンの一人であるルンは、面倒見が良い心根の温かい19才。今年、そんな彼女の人生に転機が訪れることになりました。その転機とは?

ゆったりと流れる時間の中、一つずつゆっくり生まれるアクセサリー。そして同じように少しずつ、人も美しく成長していくのです。

→前回のお話し「元・船上生活者の家庭出身の女性アーティザン、ルン

たっぷりと時間をかけて、アクセサリーは生まれる。そして人も……

フエのアトリエで刻まれる時の流れは、とても緩やかです。あらゆる物に溢れて変化も早い日本やシンガポールなどの国にいると、フエでの時間はまるで時が緩やかに重ねられていくよう。アトリエにはいつも、なんとも静かな時間が、風のようにそよそよと流れているような感覚です。そしてそのゆったりとした流れの中で、ひとつ、またひとつとアクセサリーが生みだされます。

このゆったりとした時間の流れ方の中で生まれるものーーそれはアクセサリーだけではなく、それを生みだすアーティザンたち「人」にもいえるのです。

「Phuhiep」のアクセサリーにたびたび使われる天然石。不揃いな天然石の中から、アーティザンたちが自らの感性で「これ!」というデザインに合う形や色のものを、じっくりと選んでいきます。

「Phuhiep」のアクセサリーにたびたび使われる天然石。不揃いな天然石の中から、アーティザンたちが自らの感性で「これ!」という形や色のものを、デザインに合わせてじっくりと選んでいきます。

アーティザンの中で最古参メンバーのルンは、シグニチャーモチーフであるニットリングのわずかな糸の乱れも見逃さない、細部へのこだわりを持つ女性アーティザンとして成長しました。彼女が一流の場で勝負できる職人として一人前になるのに努力し、かかった年月は、約7年。はい、ゆっくりじっくり7年です。

「Phuhiep」は、日本ではローンチしてまだ年月の浅いブランドです。しかしブランド立ち上げ以前の約6年間は、多くの支援者の方からご協力を得て、いまの前身・母体となる非営利団体・Hue Happy Projectでの識字教育と職業訓練プロジェクトを行っていました。当時12才だったルンは、そのプロジェクト参加者・受益者の一人として、必死でプロジェクトに食らいついてきた少女たちの中の一人です。

ブランドの前身・Hue Happy Projectでの取り組み

Hue Happy Projectでは、元船上生活者のコミュニティに暮らす子どもたちを対象に、読み書きなどの基礎学力をつけることはもとより、簡単な職業訓練ワークショップを行っています。職業訓練というのは、手に職をつけるような実質的な技術を学ぶというよりは、もっと基本的な仕事に対する姿勢を学ぶもの。約束を守る、遅刻しない、嘘をつかないなど、将来社会に出た際に必要な基本的スキルを習得するワークショップです。

コミュニティの多くの子どもたちが抱えている問題は多岐にわたっています。学校に行かせてもらえなかったり、アルコール中毒やギャンブル中毒になったり、盗みを働いたり、若くして妊娠してシングルマザーとなったり……。こうした問題は、単純に基礎学力をつけるだけでは解決できないことを、私たちは少しずつ気づきはじめていました。

そこで、いまの多くのベトナム人のような生活を送るチャンスをつかむために必要なスキルを身につけられるよう、この職業訓練ワークショップを開始したのです。

Hue Happy Project のワークショップの様子(2008年頃)

Hue Happy Project のワークショップの様子(2008年頃)

職業訓練ワークショップを始めた当初、参加する彼らの社会性といえば、想像を遥かに超えるほどローレベルなものでした。じっと20分椅子に座っていることさえできません。約束の開始時間を決めても、時間どおりに来る子はほぼいません。遅れた理由を聞いても、悪気や後ろめたさを感じている素振りもありません。

なぜでしょうか。これは、親から受けたしつけの方法や教育といった、ここ数年で生まれたものではありません。ただ貧しさの中から生き抜くことだけが全てであった彼女たちの親世代、さらには祖父母世代から引き継がれている「負の連鎖」そのものなのです。

犯罪・貧困・戦争などのさまざまな背景から、土地で暮らす権利を奪われ虐げられ、やむを得ず川上でボートを浮かべて、2代、3代と暮らしていたのが船上生活者の家庭です。魚や貝をとっては市場で売る。その日暮らしではあっても、彼らは長年そうやって船上での暮らしを営んできました。

それがある日突然、陸地へあげられた人々。強いられるまま、生きる術のない環境に突然押しやられた彼らは、その日に食べるものを手に入れること。人に言われたことを信じてするよりも、自分の直感で危険な場所から逃げることーーそういうことを優先せざるを得ない生活を続けてきたのです。それは、私たちの考える「一般的な」社会性など、とうてい必要のない生活でした。

いまは葬式花のアレンジをする内職で生計を立てている、その母親の手。過酷な人生を経て女手一つで子を育てている。

いまは葬式花のアレンジをする内職で生計を立てている、その母親の手。過酷な人生を経て女手一つで子を育てている。

ルンはこのHue Happy Projectに6年間、それはもう必死で食らいついてきました。実際に途中でドロップアウトしてしまう子も多かった中、彼女が続けることができたのは、もしかするとルンの中に「自分を変えたい」という意志があり、また「自分が変われば、未来が変わるかもしれない」という希望も見えていたのかもしれません。

「自分の家族を守りたい」そんな情も、人一倍持ち合わせているルン。「社会の中で独り立ちをし、責任を持って仕事をしていくとはなにか」を、少しずつ覚えていった彼女には、天性のカンの良さのようなものを持っていたのかもしれません。または「ここにしか自分の居場所はない」という切羽詰まった必死さのようなものがあったのかもしれません。

Hue Happy Project の識字教育プロジェクトに参加する少女たち(2008年頃)。

Hue Happy Project の識字教育プロジェクトに参加する少女たち(2008年頃)。

ルンは教育を受けずに育った元船上生活者の親の元に生まれ、貧しさと戦いながら、「負の連鎖」を自ら断ち切ろうとして、想像を超えるような努力をし、「Phuhiep」ブランドの立ち上げと同時に、アーティザンとして自立の道を歩み始めました。アトリエでは、ルンの次に続くアーティザンを育成すべく、少しずつ後輩トレーニーを増やし始めています。私たちは丁寧な仕事をするルンに、後輩たちの教育担当としても期待を寄せています。

しかし、そんな彼女から突然の告白をされました。

「私、妊娠しました。結婚はしません。シングルマザーになります」

(次回に続く)

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