【寄稿】ネイルを塗るだけで認知症の症状が改善?! ネイルが持つ「認知症」への可能性の学術的検証に成功

2016. 7. 27

超高齢社会の日本。65歳以上の高齢者が急激に増加するに伴い、認知症高齢者の人口も右肩上がりだ。高齢者人口は、2030年頃までは増加すると予測されている。つまり認知症を有する高齢者の数も増加することが予測されている。

そんな中、介護の現場では「夜間徘徊」「暴力行為」や「異食」など、認知症によって引き起こされるさまざまな「問題行動」への効果的なアプローチが強く求められている。発症した当人も辛く、介護者にも多大な負担が掛かっている。

そこでいままでにない手法が、認知症の問題行動の軽減に大きな効果が期待できることが判明した。調査を行ったのは、岡山にある吉備国際大学保健医療福祉学部・佐藤三矢さとうみつや准教授。その手法とは、なんと「ネイル」

「爪を塗るだけで認知症の問題行動が改善する……?!」ネイルはどのくらい認知症に効果があるのか、認知症の現場を変えるネイルの可能性について、学術的検証に成功した佐藤准教授が寄稿する。

私の研究者人生を大きく変えたネイルアートとの出会い

施術中の様子。

施術中の様子。ネイルアート介入の研究を始めてから、自身もネイルスクールに通ってネイルを学んだ。当初は、このような自分を想像できなかったという。

筆者はこれまで、理学療法士の視点から「集団でのレクリエーション的な軽運動」や「日中の運動や作業によるストレスの解消」などの運動療法を通じて、高齢者のBPSDの軽減・QOL向上に有効なアプローチを探ってきた。

しかし9年前の2007年、筆者の教え子で、当時大学3年生だった福嶋(旧姓:稲治いなじ)久美子という学生が、卒業研究で「認知症高齢者を対象としたネイルアート介入の効果検証」を行いたいと提案してきた。

筆者は、この提案を鼻で笑いながら「いやいや、爪に色を塗っただけでBPSDが軽減したりQOLが向上したりするのであれば、誰も苦労はしないよ」と否定した。しかしこの発言は、いまとなってみれば、なんとも浅はかな考えであった。

当時は、あまりに頑固で執拗な学生の説得に負け、しぶしぶ認めたかたちであったが、かくして筆者は福嶋さんとともに「認知症高齢者を対象としたネイルアート介入に関する研究」に携わることになった。

ネイルアート療法の可能性“BPSDの軽減効果”を検証

本当に爪を塗るだけで認知症は改善するのか?! 第一回目の調査

この研究では、次の条件を満たす3名の女性を、研究対象者として設定した。

【適格条件】
① 医師によって認知症と診断されている
② 通所リハビリテーション(デイケア)を利用している
③ 65歳以上の高齢者である

【除外条件】
① 覚醒状態が著しく低下している
② ネイルアートに対して興味を示さない

女性たちには、2週間に1度・合計2回(4週間)のネイルアート介入を実施した。そして介入前後の「QOLレベル」の比較を行うという、いたってシンプルかつ簡単な研究手法をとった。

しかし、その結果は驚くばかりのものとなった。

対象者数の少なさはあるものの、QOLを客観的に点数化する指標(QOL-D)の総合得点が、3名全員で著しく向上したのだ。

総合得点 ……平均7.7点UP↑
周囲とのいきいきとした交流 ……平均2.9点UP↑
自分らしさの表現 ……平均4.0点UP↑
対応困難行動のコントロール ……平均2.0点UP↑

また、「周囲とのいきいきとした交流」、「自分らしさの表現」、「対応困難行動のコントロール」の各カテゴリーで著しい改善を認めたことは、特筆に値する。

笑顔や楽しそうな表情で周囲と交流(周囲とのいきいきとした交流)できれば、集団での生活におけるトラブルが発生しにくくなる。また、その人が本来持っている良い個性が表出(自分らしさの表現)すれば、本人の精神的なストレスも軽減し、さらなる笑顔の増加につながる。この積み重なりが介護抵抗などの軽減につながり、介護者との関係も良好になっていく可能性が大いに高まるからだ。

わずか2回、たった4週間という短期間で、客観的な改善傾向を示唆する結果となった。

二回目の調査 〜対象者を拡大した修士論文での研究

福嶋さんは、2年後に大学院修士課程に進学した後も同研究を継続。2012年にはさらに対象者数を増やし、認知症高齢者33名を対象とした比較試験を実施した。前回の結果にただただ愕然とするばかりだった筆者も、今度は主指導教官として、福嶋さんとともに精密かつ客観的な効果検証を目指した。

修士論文の研究では、下記の手順・方法で検証を行った。

【Step1】 似たような症状を見せる認知症高齢者の女性を33名抽出。
【Step2】 無作為に、ネイルアート介入を実施する「介入群(16名)」と、実施しない「非介入群(17名)」の2グループに分ける。
【Step3】 「介入群」には2週間に1回の頻度でネイルアート介入を実施。介入群と非介入群には同じような施設生活を12週間続けてもらい、2グループでQOLを測定・比較・検討を行う。

【施術の内容】 対象者に、一律にピンク系のマニキュアを、両手10本の爪にカラーリングする。
【施術の時間】 一人、1回当たり15分。
【施術の環境】 パーティションで区切った半閉鎖的な空間で、1対1で施術する。

デイケアを利用中の認知症高齢者が対象であった前回の研究とは異なり、今回は老人保健施設に入所中の方々が対象者。同じ認知症高齢者といえど、対象者をとりまく環境が大きく異なるため、結果に差異が生じることに不安はあった。

しかし前回同様、今回も多くの対象者において顕著なQOLレベルの向上を確認することができた

しかも、「集団体操参加への積極性や意欲(図1)」と「食事の際における問題行動の改善(図2)」の2項目にいたっては、統計学的に有意な改善傾向さえ認められる結果となった。

図1.「VQ; 集団体操参加への積極性や意欲」を示す指標の推移 介入から10週間後に、有意差(有意確率:P<0.05)が出現。介入終了後も効果の維持が認められた。

図1.「VQ; 集団体操参加への積極性や意欲」を示す指標の推移
Kielhofnerが開発した「VQ:Volitional Questionnaire(意志質問紙)」を用いて評価。介入から10週間後に、有意差(有意確率:P<0.05)が出現。介入終了後も効果の維持が認められた。

図2.「VQ; 食事の際における問題行動の改善」を示す指標の推移 介入から10週間後に有意差(有意確率:P<0.05)が出現し、介入終了後も効果の維持が認められた。

図2.「VQ; 食事の際における問題行動の改善」を示す指標の推移
Kielhofnerが開発した「VQ:Volitional Questionnaire(意志質問紙)」を用いて評価。介入から10週間後に有意差(有意確率:P<0.05)が出現し、介入終了後も効果の維持が認められた。

グラフを見れば、非介入群は継続して低下傾向にあるのに対し、介入群では介入終了後も効果が維持されていることが一目瞭然である。

これは、ネイルアートを継続して実施することで、女性の認知症高齢者のBPSDを改善する可能性があることを、科学的に検証した貴重な知見といえる。

→Next:ネイルアート介入(療法)の大きなメリットとは?

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