人と山の動物たちとの共存を目指して生まれた猪革アイテム 「GOMYO LEATHER」に聞く『里山』を手入れする意味

A Picture of $name 鎌倉 泰子 2017. 10. 2

H.P.FRANCE所属のバイヤーとして、「destination Tokyo」「goldie H.P.FRANCE」「TIME&EFFORT」などのセレクトを手がけて牽引してきた鎌倉泰子さんが、気になるブランドを訪問。その魅力やものづくりに迫ります。

今回お話を伺ったのは、香川県東がかわ市で猪の革を使ったアイテムを作る「五色の里」の西尾和良さん。「GOMYO LEATHER」と名づけられたこのブランドは、害獣として駆除された猪の皮を使っています。

害獣駆除と聞くと、ネガティブなイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかし、こうした事態が生まれたのも、人と動物たちが共存するうえで欠かせない里山や森林の「手入れ」が足りなくなったからだと西尾さんは話します。

「森林伐採は良くない」「豊かな緑を守ろう、増やそう」という声も大きい昨今。見逃している大切なことを、西尾さんに教えていただきました。

(左)西尾和良さん
1978年生まれ。経理として機器メーカーに勤務した後、出身地である香川県さぬき市に戻り、2013年から「五色の里」で農業・林業・狩猟の研修を受ける。2017年に独立し、現在農業では、胡瓜、自然薯。林業では、木の伐採、炭の生産をおこなっている。なお、狩猟、イノシシ革の製品開発及び薪の販売の仕事は、継続して五色の里で行っている。趣味はスキューバダイビングと里山の仕事。

「五色の里」と、里山とは

鎌倉: 害獣といっても、鹿については各地で活動する団体が出てきていますし、さらに最近は「熊」が注目されてきました。猪については、ジビエ料理として注目されて、食の面ではいろんな試みがなされているのは知っていましたが、皮まで利用されている方がいるとは知りませんでした! 皮を商品にするようになったのはいつ頃からですか?

西尾: 2015年からです。「五名ごみょうで生まれた革」ということで、「GOMYO LEATHER」と名づけました。もともと僕たちは農業だけをやっていたのですが、愛媛県で猪肉の販売をしている人に猪の革の名刺入れを見せてもらって、「猪の皮をこんなふうに使うことができるんだ!」と、思ったんです。
ただその後、猪の革の値段がびっくりするほど高くなることを知りました。どうしようかなと思っているときに、手縫いで丁寧に革製品を作っている柏原慎さんと出会って、ちょっとずつ作ってくれることになったんです。

柏原さんと2つ目に作ったという猪革の長財布。普通、アウトドアで使うような手袋を作るのに買う革は60円くらいだが、猪革はどんなに安くても10cm2で250円ほど。「値段が高すぎると作っても売れないので、手袋屋さんは相手もしてくれないと思った」と、西尾さんは当時を振り返る。【提供:GOMYO LEATHER】

西尾: 試しに作った名刺入れをお師匠さんにプレゼントして、猪の革製品を作っていきたいと言ったんですけど、当初は強く反対されました……。「こんな革でなにができるんや」と。そこで逆に火がついて、いろいろ作って見せたら、「おもしろいじゃないか」「補助金をもらって、もっとやってみたらどうか」と、言ってもらえたんです。補助金をいただくために構想を練るうち、値段が高いぶん付加価値をつけるだけでなく、販売できる規模を考えると都会での販売も視野に入れなければ……と、どんどん話が広がり……。補助金もいただけることになったので、「もう、やるしかない!」というところです(笑)。本当に売れるのか、周りは心配しています。まだ試作販売の段階で、来年の4月から正式に販売を始めます。

猪革のハンドバッグ【提供:GOMYO LEATHER】

鎌倉: 思っていたよりも早いスピードと規模で話が広がっていったのですね。ただ、もともとは「農業をしたい」ということだったんですよね?

西尾: そうなんです。今年の1月に、独立して、数カ所土地を借りて農業を始めました。
五名ごみょう」は、猿と猪しかいないような山里の田舎。「五色の里」は、そんな五名で採れる自然薯じねんじょ、栗、きゅうり、炭、猪肉という5つの産物をかけています。林業、農業は初めてでしたが、厳しくて優しい師匠に教わりながらやっています。

「五色の里」を望む。【提供:GOMYO LEATHER】

師匠(左)との作業風景【提供:GOMYO LEATHER】

粛々と続けてきた人の里山との関わり

鎌倉: 4年前、サラリーマンから一転して農業を始めたと伺っていますが、やろうと思ったいきさつは?

西尾: サラリーマン時代は経理の仕事をしていましたが、自分の生活が中途半端で、心の隅になにかが引っかかっているような気がしていたんです。経理の仕事は、1年のサイクルがだいたい決まっていますし、経営方針が変わるたびに、やり方や物事の優先順位が変わって振り回されるということもありました。1回きりの人生なのに、自分の人生を生きているように考えられなくて、最初から最後まで自分で責任を取り、一生懸命打ち込める仕事がしたいと強く思うようになったんです。農業はまさにそれができると思ったんです。

鎌倉: とはいえ、大きな転身に、勇気がいることだったのではないかと思うのですが……。

西尾: ルーツは【祖母の家】なんです。五名ごみょうの近くに、祖母の家があるのですが、現在も水道が通ってなくて、湧き水を利用しているような場所。高いところで3mほどの石垣のある棚田が広がっています。
祖母の家で田植えがあるときは、サラリーマン時代も手伝いに帰っていたんですが、ふと、「この石垣は、何百年も前から人々が石を切り出して積み上げて作っていったものなんだな」と、思ったんです。私の家も、祖父、曽祖父が育てたひのきを、100本くらい使った「総檜作り」の家。この家ができるまで、樹を切る人や大工さん、建築家を見てきたわけですが、「職人さんって、すごいんだな。良いものを作るには、技術も思いも必要なんだな」と、思いました。子どものときは気づかなかったんですけどね。

西尾さんの祖母の家から見える景色【提供:GOMYO LEATHER】

鎌倉: きれいな景色に惹かれて山里に関わるように……というより、脈々と受け継がれてきた「なにか」を感じたんですね。そして、その「なにか」が、西尾さんにも受け継がれていたのかも……。

西尾: そうかもしれません。里山は、昔から人が少しずつ手を入れてきたところ。例えば、里山にある棚田には、昔は石がたくさん転がっていたんだと思います。それを1つずつ拾って、いまの石がない田んぼになっていきました。つまり、手入れを怠れば、すぐに草木がぼうぼうの、ただの山に戻ってしまいます。そんな、先祖代々手を入れて守ってきた場所を、僕の代でなくしてしまいたくないという気持ちが湧いてきたんです。1年ほど悩んでいたときに、ちょうど仕事も一段落できるタイミングがあったので、退社を決めました。

なにも作らなくなった田んぼの様子。草がうっそうと生い茂る。はじめに「香川県の農業担当者に、山の中で農業をしたいと相談したら、「いままでも山間地でそう言ってなにか始めた人がいたけれども、誰一人経営的に成功した人はいない」と、強く反対されてしまったと振り返る西尾さん。「なんとかやっています」と、笑う。【提供:GOMYO LEATHER】

里山を手入れし続ける意味とは?

西尾: 五名近隣は、人が手を入れて整えた山が9割を占めます。「人が一度手を入れた場所は管理し続ける」というのが里山の考え方。「住宅を作るための森林伐採は良くない」といわれますが、実はそれも正確には正しくないんです。

鎌倉: そういう考え方はしたことがなかったです。自然を守り、豊かな環境と景観を……とは、広くいわれていますが、どういうことでしょうか?

西尾: 昔とは違う状態であることを理解して、その時代に合った生態系のかたちを保っていかなくてはいけないんです。山に住む人口が少なくなり、森林の手入れがなされなくなると、森が住宅地まで迫ってきます。昔は人の生活圏と、山の動物たちの生活圏の間には「緩衝地帯」があって離れていましたが、いまはそれが隣り合わせになってしまっています。その結果、山の動物たちが食べものを手に入れやすくなってしまい、繁殖力が上がってしまった、というわけです。実は、森林の面積も昔より増えているんですよ。

猪が荒らした田んぼの様子。【提供:GOMYO LEATHER】

西尾: 僕の祖母の田んぼも、猪や猿に何度荒らされたか分かりません。そこは感情的になって「お前が悪い!」という憎しみがないとやっつけられません

鎌倉: 本当は、「誰が悪い」というのではない。こうなってしまったしくみが分かっているぶん、冷静になってしまうと、慈悲心が出てしまうのですね。感情的にならないと殺せない……。

西尾: 里山に住んでいる人からしたら、山の動物たちは、【100年前はいなかったのに、いま出てきて生活を脅かす存在】。それを排除してなにが悪いんだ、というシンプルな理由です。香川県だけで、年間1万頭の猪が捕獲されていますが、減っている感覚はみんなないと思います。害獣駆除は、人手不足やシステム上の課題からペースが遅く、中途半端に間引いているのが現状。結果的に、猪や猿たちにとってはライバルが減るぶん、餌を得やすく生きやすくなってしまい、ますます増えてしまっているのが現状です。

田んぼ周囲にに張り巡らされた青いのが電柵。「僕の畑でも、きゅうりを植え付けているのを、いまから猿が目をつけています。最初は遠くから1匹が見ているだけだったのに、翌日は仲間を連れて至近距離で見に来ます。電気柵で畑には入れないよう、手を打っているので大丈夫だと思いますが。電気柵は6000ボルト。間違えて触ってしまったときは、人生でも味わったことがない衝撃を味わいました!」と、西尾さん。【提供:GOMYO LEATHER】

鎌倉: 私を含めて、ほとんどの人は、【人間が木々を伐採し、森林が少なくなって動物たちの食べものが減ったから、人の住むところまで出てきた】という認識だと思います。山が手つかずであったら捕食のピラミッドは変わらず、生態系も乱れず、なにも起こらなかったはずだった。だけど一度手を入れてしまったのに、キープできずにいたら不自然な弊害が生まれてしまった……ということなんですね。

猪が荒らした田んぼと、罠にかかり捕獲された猪。【提供:GOMYO LEATHER】

西尾: そうです。僕がやりたいことは、よくいわれるような「緑を増やしましょう」「自然破壊に歯止めを」という働きかけとは全く別のもの。自給自足自体には興味がなくて、【香川といえば猪、美しい自然】というイメージが生まれて、人が集まってくる場所になればいいなと思うんです。観光農園を作るのもいいと思いますし、おいしい日本ミツバチの蜜や蜜蝋もあります。産業としては廃れてしまいましたが、松ヤニも革製品の加工に使えます。どんな小さな魅力も全て使っていきたいですね。

鎌倉: 「都会の生活に疲れたから、田舎でシンプルな生活をしたい」というのとは、全く考え方が違う。まさに、【自然美の再生】ですね。

→Next:かなり高めの値段設定のワケとは? 命をいただく流れ全体を理解したうえでのものづくり。

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